アスリートからのメッセージ

第3回 山口香さんインタビュー

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山口香さんプロフィール


全日本女子柔道体重別選手権10連覇、84年世界選手権優勝。
88年ソウル五輪、銅メダルなど多くのタイトルを獲得。
全日本コーチなどを歴任し後任の指導に当たる。
現在キッズ柔道など普及活動を精力的に行っている。

■昨年(2009年)のスポーツひのまるキッズ少年大会、3回すべてに講師としてご参加いただきありがとうございます。
山口先生のお話とセミナーはどこでも好評で、参加した選手や保護者、指導者からも御礼のコメントが多数届いております。九州大会のあとの山口先生のブログでも、出場選手のお母さんからうれしいコメントがありましたね。選手がご両親に「柔道をやらせてくれてありがとう」と話したという、あのコメントは、関係者として涙が出るほどうれしかったです。


あれは私も本当にうれしかったです。ああいうお話を聞くと、子供は打てば響くんだなというのがわかりますよね。

■ご両親としても、子供からの一言はうれしかったでしょうし、また、子供に対する見方、関わり方も変わるんじゃないでしょうかね。


やはり『スポーツひのまるキッズ』がそういうきっかけになってほしいですよね。
勝ち負けは、試合ですから当然ついてきますけれども、勝ち負けだけではない何かを親御さんにもお子さんにも学んでほしい。そういうものが柔道にはあると思うんです。 そのきっかけになってくれれば、すごくいいなと思いますよね。

■昨年は3回、スポーツひのまるキッズ少年大会を行いましたが、山口先生としてはどんな感想をお持ちですか?


大会の雰囲気が、今までにはない柔道大会だというのが一番の印象ですね。
それはきっと、親御さんが試合場のそばにいて、子供たちの関わっているということが、今までの大会にはなかった風景で、表彰式でもそうですが、親と子を同時に見ることってあまりないですよね、そういうのがとても新鮮に感じました。

■普通の大会であれば、選手である子供だけが主役だったのが、この大会は親も一緒に主役というか、主役の隣につねにいていただきますからね…。


そう。親の顔も見えてきたという感じがありますよね。

■なるほど。今まで親はどちらかというと陰に隠れていましたもんね。 開会式のときに山口先生が“ご両親への感謝”に関するお話をされましたが、親が前面に出てきたことで、余計にそういった話も活きてきているように感じましたが…。


親にもそういうことを意識してもらいたいんですよね。
もちろん、親は裏方でいいんですけど、でもやっぱり、親だけではなくて、道場の先生もそうだけれども、そういう裏方の人がいるからあなたが輝けるんだということを、なんらかの形で意識する大会というものに、より近づいているような感じはしますね。 
それから、見ている側の感想をいうと、やはり親の顔が見えてくることで、選手を見ていても、よりおもしろいというのはありますね。お母さんを見ていて、「ああ、このお母さんの子だよね」というのが感じられたりするんですよ。それは体型とかじゃなくて、性格だったり、雰囲気っていうんですかね。
それと、試合に出ていく前の親子の関係なんかを見ていても、どれがいいとか悪いとかではなくて、いろいろな親子のスタイルがあるんだなぁと、そういうのを見ているだけでもすごく微笑ましいといいうか、ああ、いい大会だなと思うわけですよ。
でも、それって、今のスポーツ界とはある意味逆行していると思うんです。
ただ、その逆行していることに意味があるんだなと、最近思い始めたんですよ。
どちらかというと、今は親が子供に過保護すぎる。だから、いろいろなスポーツで親を関わらせないようにしていますよね。
サッカーや野球でも「ここ(練習場)に来たら、預けてください。親は文句いわない、手を出さない。
子供に自立させてやらせてください」といっているんですよ。
でも、『スポーツひのまるキッズ』はまるっきり逆。「親はもっと出てきてください」ですよね。でも、これを見ていて感じたのは「出てこさせたほうがやらないんだな」ということなんです。
出てくるな、というからやるんですよね。
スポーツひのまるキッズの大会では、親御さんたちはえらいかしこまって座っていますよね。
だから、発言にしてもそうだし、対応にしても、親が試されているような部分もあると思うんですよ。
そうすると、子供も親を意識するようになる。
親が表に出てこないで裏方でやってもらっているときは、やってもらって当たり前、逆に邪魔だみたいになるんですけど。
結構、表彰式のときでも、子供が親に話しかけて「こうだよね、ああだよね」という会話が、本当に自然に出ていて、そういうのって、ある意味、時代に逆行しているように思っていたんですが、もしかしたら、こういう取り組みもありなのかなと、今は感じていますね。

■スポーツひのまるキッズ柔道大会を始めるにあたり、いろいろな道場の先生に話を聞いたりしたのですが、そうすると、子供を道場に入れて月謝を払ったら、親としての自分の役割はそれで終わりという親御さんがけっこういるように感じたんですね。
道場に預ければ、道場の先生が礼儀を教えてくれる、しつけをしてくれると。
でも、それで本当にいいのかなと、もっと子供をしっかりと見てほしいし会話をしてほしいというのが、親御さんにも参加していただく大会にした理由のひとつなんです。


私も中学生の子供を持つ母親で、大会に出ている選手の親御さんたちとそう歳が違っているわけではないですけど、若い親御さんたちって、集中して何か一つのことをやることが不得意なんですね。
それは子供に向かい合うことでも同じだと思うんです。少し前にヨーロッパに柔道の指導に行ったとき、道場の先生が「お父さんやお母さんは子供の1時間半~2時間の練習を集中して見ていられません」というんですね。
実際、退屈しちゃって隣の親御さんとしゃべっていたりする。
でも、それはたぶん、その人がどうのこうのじゃなくて、社会現象だと思うんです。
私もそうですけど、テレビを見ていても、一つのチャンネルに固定できないんです。
コマーシャルが我慢できなくて別のチャンネルに回してしまう。そういうふうになってきてしまっている。
それは子供についても同じで、集中して子供に向かい合っているように見えるけど、実は本気で見ていない。知っているような気がしているし、見ていると思っているけど、実は……。で、見ていないのに、文句だけはいう。「なんで負けたの」とか「なんでできないの」と。

■断片的にしか見ていないのに、というか見ていないからこそ文句をいうわけですね。


だから、この大会がいいと思うのは、その時間だけかもしれないけど、集中して見ますよね。
よそ見もしない。私がテレビで柔道の解説をしているときのように(笑)。

■たしかに、一挙手一投足までしっかりと見ていますよね。


私はそれがすごくいいと思うんです。
見ているだけだって、それだけ集中していれば親御さんも子供と同じように疲れると思うんですよ、きっと。で、おそらく、試合を見たあとの会話も、今までとは違ってきているんじゃないかと思うんですね。
今までとは気持ちの入れ方が違いますから。同じことを言っているかもしれませんけど、たぶん、私は変わってきているような気がします。
長い時間ではないじゃないですか。1時間、子供のやっているのを集中して見ろというのではなくて、その時間だけ、子供のことを集中して見るということは、親子関係においてもすごくいいことだと思いますし、おそらく、子供の受け取り方も変わってくるんじゃないかと思いますね。
私のブログにコメントを書いてくださったのもそうですけど、子供がそういう気持ちになったのもおそらく親を意識した大会だったからだと思うんですね。
親って、いて当たり前ですし、空気みたいな存在だから、親を意識することも普段はあまりないと思うんです。前の大会のときも言いましたけど、形から入ることはすごく大事で、形から入っていってあとで意味がわかるというのでもいいと思うんですよ。
だからそういう意味では、スポーツひのまるキッズはいい提案というか、いい試みになっているのかなという感じはしますね。

■ほかになんかスポーツひのまるキッズ少年大会で気づいたこと、感じたていることはありますか?


う~ん、うれしい悲鳴ということになるのかもしれないですけど、勝ち上がっている子はセミナーやコンテストに出られないということで、勝ち上がってしまったために受けられなくて残念だったという話を聞くことですかね。
■ああ、なるほど。早く負けてしまった子も最後まで大会を楽しめるようにという意図で始めたセミナーやコンテストですが、勝ち上がっている子も、セミナーやコンテストに出たいんだと。


そうですそうです。そのへんがね…、なんというか悩ましいというか…。
とくに私に解決策があるわけではないんですけど、そういうのがありますかね。

■地区によっては前日練習会もあるので、そこで行うことも検討していかなければいけないですね。会場や講師の先生方の都合もありますから、すぐに実施というわけにはいきませんが…。


そうですね。せっかく来ていただくので、多くの人に満足して帰っていただけるようなものにしていきたいですよね、私も関わっている一人として。
あと、親御さんに対してのセミナーとかも積極的にやっていければいいですよね。
栄養面であるとか、心理面であるとか。 
これからを考えたとき、まず第一歩の、親に関わっていただくということに関しては、この大会はそれを可能にした。次のステップとして、その親御さんに対して、もっと柔道を知ってもらう、もっと子供のことを知ってもらえるような企画というか、何かをしていけたらと思うんですよ。
専門的になってもらうということではないんですけど、たとえば、親御さんにも柔道を経験してもらうとか。

■それは、ちょっとハードルが高すぎませんか?


いえ、これがね、意外と親が燃えるんですよ(笑)。
以前に、子供柔道教室かなんかのときに企画したんですけど、意外とお母さんたち頑張るんですよ。
柔道といっても、そんなに大変なことをするわけじゃなくて、ちょっと準備運動をやって、受身をやって。子供も一緒にさせるわけ。
子供は親に投げられると。子供なんて投げられたってどうってことないんですよ。投げられるほうがうまければ、どうってことないんですから。 でもそういうのを一度でもやると、柔道に対する親の意識も変わると思うんです。
「投げるのって簡単そうに見えたけど、難しいんだなぁ」と思うわけですよ。柔道衣がなくても、ちょっと運動が出来る格好であればできますから。

■それがきっかけで「自分もやってみようかしら」なんてお母さんも出てきたり…。


そうそうそう。でも、単なる気の迷いなんですけどね、それは(笑)。
いいんですよ大人は、気の迷いで。
それで、気の迷いの勢いで柔道衣を買っちゃたりしてね(笑)。

■その延長で初段を目指しちゃったり(笑)。


そうですそうです。それがいいんですよ。
それに、受身を知っているだけでも、転んだときに大きなケガをしないで済むなんてこともあるわけですから。
実際、勝気なお母さんが多くて、けっこうやる気満々だったりしますからね。
そういった形で、親御さんたちに対することをもう少しできればいいなとは思いますね。
負けてしまった子供のケアはしていますけど、負けてしまった親のケアはまだ不十分かなと。
いずれにしても、多くのご家族の方に、スポーツひのまるキッズ少年大会に出てもらいたいですね。
私も出来る限り参加させていただき、皆さんにお会いできればと思っています。